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全日本おかあさんコーラス神奈川県大会
2017/4/22 神奈川県立音楽堂

第7回八ヶ岳合唱の輪コンサート







ヴォンネコンサートは無事終了、満席のお客様にご来場いただきました。
ありがとうございました(^^♪


フラウエンコア・ヴォンネ 3rd Concert
2016年3月4日(金)17時開演 横浜みなとみらい小ホール

=ヴォンネ20年を記念してのコンサート=

松下耕作品から
さとう恭子詩「やさしさにつつまれて」より
「花いかだ」 「そらまめ」 「藤」

金子みすゞ詩「わたしと小鳥とすずと」より
「あわ雪」 「しば草」 「わたしと小鳥とすずと」

アントンハイラーのミサ曲より
(団創設時期に歌っていた現代ミサ曲)

松下耕作品から日本の民謡
「ねんね根来の」 「会津磐梯山」 「八木節」

そしてゲストピアニスト金井信先生とのミュージカルナンバー
「踊り明かそう」  「スワニー」  「サマータイム」  「I will follow him」




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wonne 2nd concert

11月18日(金)18:00開演 みなとみらい小ホール


2nd CONCERT プログラム


演奏会プログラムノート


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教会コンサートは終了いたしました



コンサートチラシ


SUNYOSHIDAジョイントコンサート
SUNYOSIDAジョイントコンサートは終了いたしました


コンサート予定



日時  2006年6月30日(金)午後7時開演(開場6:30)
場所  みなとみらい小ホール

私たちは1995年に結成されてから 
1度もコンサートをもったことがありませんでしたが
このたび 念願の FIRST CONCERT を開くことができました

皆様に 楽しんでいただけるような 
わたしたち ヴォンネらしい 個性的な CONCERT にしたいと
団員一同 練習に励んで参りましたが
ご来場のみなさまのご感想はいかがだったでしょうか





PROGRAM  NOTE 

Stephen Hatfield (1956-)
カナダの作曲家・合唱指導者
ハットフィールドはそのほかにも電子音楽をはじめ、舞台芸術、英文学など多岐にわたる才能を発揮している。
オンタリオでの教師時代に新しく合唱団を立ち上げ、生徒たちのために自ら合唱曲を作ったことが
合唱音楽にかかわるきっかけとなったという 。
彼の音楽には世界の様々な音楽文化を融合させたものが多く見られる。

  MISSA  BREVIS
ミサ・ブレヴィスはこのような多文化主義を示す作品である。

   Kyrieはスコットランドの葬送の歌に由来するのに対して、Gloriaの土台となったのはノルウェーの民族音楽である。
Sanctusはアンデス高地の音楽であり、聖体節の祭りの行列とストリート・ミュージックが重なり合う。
Agnus Dei
は中央アフリカの民族音楽をもとに作られたものである。

Gyorgy Orban (1947-)
   ルーマニアのトランシルバニア地方生まれ
1979年よりハンガリーに在住している作曲家であり、ブタペストの音楽院にて教鞭をとっている。
彼の作品のほぼ半数は器楽曲であるが、声楽曲のほうがよく知られ、世界中の合唱団のレパートリーとなっている。


 Mundi renovatio   世界は新たになる

   復活祭の歌である。
すべてのものが新しく生まれ変わる春の
喜びが力強く表現されている。
季節を変える自然の力、すなわち万物の創造主である神の力が讃えられる。

Noli flere  泣きたもうなマリア

    墓地でキリストの死を嘆くマグダラのマリアのもとに復活したキリストがあらわれ、
「マリアよ、泣いてはいけない」という言葉をかける場面である。
そこには無条件の優しさが表現されている。


Dei Matris  神の母

    気高く栄光に満ちた聖母マリアを讃える歌。

Caeli cives  天の民

     天の民は永遠の喜びのうちにあるのに対して、地上の人
間は嘆きと深い悲しみのうちにある。
この悲しみの谷に
いる人間の  天使たちへの呼びかけが歌われている。


Lauda Sion  シオンよ、救い主をたたえよ

 原詩はキリストの聖体節(年ごとに変動し、5月下旬から6月下旬のTrinity Sunday後の木曜日)のミサの続唱であり
最後の晩餐を記念し、「パンは私の身体、ワインは血と思って喫せよ」というキリスト教の信条が示されている。
この曲にはその最初の部分が用いられている。

オルバーンの作品の中でもしばしば演奏される曲である。


Gloriosa  おお、栄光の

 「恵みに満ちたマリアよ、天に輝く明るい星よ、我らを天にお導きください」というマリア讃歌。
作曲者自身によると、この曲はコダーイの流れを汲んだものだという。



Robert Schumann (1810-56)

シューマンは1847年にドレスデンで合唱団の指導を始めたが、それは多くの合唱作品を生むきっかけとなった。
1850
年の晩夏にドレスデンを後にするまで、彼は混声合唱団の指導を心から楽しみ、
自分の合唱団のために作曲することに熱中したのである。
特に1849年には数え切れないほどの
合唱曲が作曲されている

『女声のためのロマンスOp.69,91』は、
12曲すべて1849年3月17日~23日の間に合唱団の女声パートのために作曲されたものである。
当時は女声合唱団の存在は稀であり、女声合唱のためのレパートリーは非常に限られたものであった。
シューマンがこのことに不満を感じたこと、
また、合唱団の男声パートの集まりが悪くて練習にならないという状況がしばしばあったことが、
これらの曲の作られた背景にあったという。
この『女声のためのロマンス』は女声合唱曲というジャンルのパイオニア的な存在となった。

今回私たちが選んだ6曲の歌詞の大意は次のようなものである。


Tamburinschlägerin  タンブリンを打つ女

            J.v.Eichendorff 詩(スペイン語の原詩より)

     タンブリンを打ち鳴らし陽気な歌を歌っていても、私の心はここにはない。
タンブリンよ、胸が張り裂けそうなこの想いがもしもお前に分かるなら、その響きできっと一緒に泣いてくれるだろう。


Klosterfräulein  修道女        J.Kerner詩

       私はかわいそうな修道女。窓の外を過ぎる春を眺め、おおらかに春を楽しむ子羊や小鳥たちをうらやましく思う。

Soldatenbraut   兵士の花嫁       E.Mörike詩

     私の恋人は軍隊で王様のために血を流すことも厭わないけれど、私のことも命を懸けて愛してくれる。
勲章も名誉も何もなくても、ただ愛しい人が私の元に帰って来てくれさえすればいいのに!
そうしたら二人はマリア聖堂で結ばれるだろう。

Die Capelle   礼拝堂            L.Uhland詩

       丘の上には礼拝堂が立っていて谷を見下ろしている。
の谷で陽気に暮らす羊飼いの少年よ、お前のためにもいつか弔いの鐘が鳴るのだ。



Jäger Wohlgemuth   陽気な狩人 

 “子供の不思議な角笛”より

       陽気な狩人は山や谷を越え狩をする。
緑の草の上では
恋人が狩人を待っている。
二人の愛は荒れ野に咲く二本のバラのように燃え、誰にも引き離せはしない。


Der Wasserman   水の精            J. Kerner詩
      
春の光に満ちた5月のある日、
緑の谷の菩提樹の周りで
娘たちが踊っていた。
見知らぬ若者が美しい娘を誘い、二人は踊りの輪から離れてネッカー川の岸辺に沿って踊り続け、
踊りながら波間に消えていった。「おまえは水の精の妻となるのだ!」




Ⅳ 武満 徹 (1930-96)

   東京生まれ。
おもに独学で作曲を学ぶ。
世界中のオーケストラや音楽祭の委嘱を受けて作品を発表し、「世界のタ ケミツ」として知られる。
そのかたわら、90を超える映画音  楽を作曲。
名エッセイストでもあり、小説も手がけたことが ある。

「うた」より

      これらの5曲は『混声合唱のための歌Ⅰ・Ⅱ』に収録されており、
武満徹が自作の歌曲を混声合唱のために編曲したものである。

私たちは今日のプログラムにこの魅力的な曲を取り入れるため、
弦楽奏者の方々に共演をお願いした。

      それぞれの原曲の作曲経緯を参考までに示しておく。

      

小さな空    武満 徹 詞

  1962年TBSラジオで毎夕放送された、こどものための
西部劇ラジオ・ドラマ『ガン・キング』の主題歌である。
武満はこの番組の音楽を担当していた。

      

明日(アシタ)ハ晴レカナ曇リカナ  武満 徹 詞

      『乱』(日本ヘラルド映画、1985年)の製作中に、音楽を担当していた武満がロケ現場を訪れ
即興でスタッフのために作った歌。
黒澤明監督が天気が悪いとウイスキーを抱えて部屋にこもってしまうので、
スタッフたちが明日の天気を案じていたという。


島へ     井沢 満 詞

      1983年に放送されたNHK大阪のTVドラマ『話すことはない』の挿入歌として作曲されたものだが、
実際のドラマでは使われなかった。

(マル)(三角)の歌    武満 徹 詞

元非行少年の手記を題材にしたドキュメンタリー・タッチの映画『不良少年』(岩波映画/東宝、1961年)の主題歌。
この映画のために作曲した音楽が羽仁進監督の気に入らず、多くを書き直させられたという。
しかし、武満はこれをきっかけに映画音楽の面白さを知ったと後に語っている。

      

死んだ男の残したものは    谷川俊太郎 詞

      1965年に東京で開かれた『ベトナムの平和を願う市民の集会』のために作曲され、友竹正則によって歌われた。

          

(参考資料 : 『武満徹:SONGS』、日本ショット)

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              フラウエンコア・ヴォンネ    田村 朋子